戸建沢で炭を焼いた藤太の系図
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どんな伝承か
津軽ではこの炭焼の話を伯爵家の系図の中に編み入れている。第四代左衛門尉頼秀、幼名は藤太、元仁元年九月生まれ。六歳の年に父秀直が安東勢と津軽野に戦って討死したので、乳母に助けられて姉の夫である橘次信次のもとに匿れた。橘次は新城の豪族で、黄金を採掘して売り富を築いた人である。橘次は藤太を常人と同じように使役して敵を欺こうと、戸建沢の山中へ遣って炭を焼かせた。それゆえ人は炭焼藤太と呼んだという。民間では、近衛殿の女福姫がもとはひどい醜女であったが、津軽にさすらい来てある川の水を浴びるとたちまち美女になり、のちに炭焼藤太に嫁いだと語られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
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青森市の伝承
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