鎮西八郎伝授の日乾し土鍋
どんな伝承か
青ヶ島には粘土が採れず、液体を入れる器に事欠いていた。空き瓶をたくさん抱えて島へ上がった女の行商人がいたという話も、そこから出ている。旧記によれば、昔この島には鎮西八郎に教わったと称する、日に干して作る土の鍋があった。三十日干せば三日使え、一年干しておけば一月のあいだ役に立ったというのだから、嘘のような話である。今でこそ交易で本土の品が入るが、その代金を得るにも、荒磯の崖の上から牛や甘藷を船まで運び下ろさねばならなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。