越後から来た毒消し売りの娘
どんな伝承か
大正時代のころまで、越後から毒消し売りの娘たちが荷を背負ってこの辺りへ来ていたと話者は語る。唄を歌うことはなく、「毒消しいりませんか」と呼びながら歩いた。白い薬で、腹痛のときなどに買って飲んだという。毎年決まった家を宿にして回ってきた。ほかに置き薬の行商も来て、虫下しなどを置いていったので、風邪で腹が痛むときにはその薬を飲んだという。
原典より
20 目下をいうことば21 子守りで行かなかった小学校22 体操の盛んだった戦前の国分小学校23 下貝塚海軍第一号24 コウジヤさんのむろへ避難25 ハチマンマイリ(1)~(2)八幡2 八幡川・衣川・境川—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。