炭焼が運んだ江刺郡の昔話
どんな伝承か
柳田国男は、日本で昔話が冬のもの、しかも夜分にするものと決まっていたのは、本来は囲炉裏に火を燃やす時の儀式であったためかと述べる。ゆえに家より外で焚いた火を炭にして持ち込むことは革命であり、炭に伴って遠国の物語が次第に入り込み、村里の歴史を紛乱させたことも推測できるという。西洋では炭焼は無口な山人として床しがられているが、日本には反対の例が多く、たとえば佐々木喜善の江刺郡昔話は、その大部分がその郡へ来ていた炭焼から聴いたものだという。東北の山奥には、思いがけない地方から入って炭窯を築き、火を焚いている者が今でも多いのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。