追波川を運ばれる腸チフスの子
どんな伝承か
中一日置いた次の日、十五浜からの帰りに追波川をさかのぼる発動機船の上にいた。大雨の小止みに釜谷の部落を見ようと甲板に立つと、曳船を頼むといって濡れた舟が一つ岸に繋いであり、そこへ一群の人が下りてきた。石巻の医者へ連れて行く腸チフスの病人と聞き、事務員が面倒な条件ばかり出すのを、一々首で承知して釣台をかついで乗ろうとする。年老いた女が二人付いてくる。荷が軽く子供らしいので覗くまいとしたが、はずみで眼を見合わせた。十一、二ばかりの女の子で、川船の旅の後に石巻で亡くなっただろうと思う。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。