雨滝奥の木地山と木地屋の誇張譚
どんな伝承か
「因幡志」には木地屋の記事が豊富である。今の岩美郡登儀村大字中河原、雨滝の奥にはことに木地山が多く、製品は鳥取へ持ち出し、それから近江の日野へ廻送したという。木地屋がやや誇張した話をすることも、この書を透して窺える。但馬と接する境の山が海抜の高くない割に物深いことは虚言ではないが、扇の山は麓の里から百余町、雪中でなければ登れず頂上に方三里の平地があるといい、菅山は広さ四十里、その外は四方切り立って人跡が絶えるという類は、実際の地理とは思われない。また国境の山頂に神があり、但馬の木地屋と取り合いをしてこちらが勝って麓の村まで負って行ったとか、昔落武者が通ったのを木地屋が告げ口して追手に殺させたという話も少なくないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。