大だら坊の富士山と葛の伝説
どんな伝承か
大太良坊がなぜ相模野へ来てぢんだらを踏んだのか、「郷土研究」の報告者は聞いていなかったようだが、高田与清の松屋筆記にこの大沼のことが書かれている。大だら坊は富士山を背負って行こうとして、綱にする蔓を探したが見つからず、腹を立てて去った。そのため今でもこの付近には葛や藤の類が生えないと言い伝えるという。柳田は、関西の巨人伝説には無い話だが関東には似た話が方々にあり、土質などの原因で蔓性の植物の少ない野山を、こうした戯れで説明することが流行したらしいと述べる。綱が切れた、担い棒が折れたなど、最後の一点で思い通りにならず去っていくのが巨人伝説の常であると指摘している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。