読経で柩の中から蘇った娘
どんな伝承か
天城の山ふところの古い辻堂に、諸国行脚の旅僧が一夜の宿を取っていると、村人たちが柩を運び込み、続きは明日にすると言って置いて帰った。僧が柩の前で大般若経を読み続けると、中から出してほしいという女の声がする。急な病で死んだ娘が読経のおかげで生き返ったと知った僧は、教わった家を夜道に訪ね、半信半疑の両親を連れて堂に戻った。娘お初は確かに生きていた。この僧こそ名僧の吾宝禅師で、村人に乞われて土地にとどまり、隣村の中大見村八幡に最勝院を開いた。村人は恩を忘れぬよう辻堂を貴僧坊と名づけ、それが地名になったという。
原典より
また村人たちは、禅師の恩をわすれぬために、さきの辻堂を貴僧坊と名づけたが、のちにはこれが地名となって、いまに伝わっているのである。—— 日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年))
『日本の妖怪伝説』は、小笠好恵が各地に伝わる奇談・怪談を読み物にまとめた伝説集で、序は昭和四十一年五月付である。浅茅が原の一つ家、四谷怪談、九尾の狐、安達が原の黒塚、道成寺、鍋島の化け猫など、岩手から熊本までの四十五話を、伝えられた形をなるべく崩さずに書き直し、おおむね東から西へ並べる。雨月物語や小泉八雲など書物に拠る話のほか近年の体験談も混じり、一部の話の末にはゆかりの寺社へ行く「順路」を付ける。