里見姫と弁天様
どんな伝承か
北国分の田中くらが語る。家に祀る弁天様には訳がある。昔、家は田を借りて作る小作をしていたが、その田を作る者は皆死んだという話があった。爺さんが作ってくれと頼まれたとき由来を尋ねると、戦の終わりに里見氏のお姫様が、その田のところにあった池に落ちて死んでいるのだという。そういう死人があるから弁天様を祀ってやれと言われ、爺さんは弁天様を作ってもらって田のふちに祀り、その田を作った。のちに田を返すとき、地主が「この弁天様は持って行け」と言うので家へ持って来た。堀ノ内の方の谷津田のことで、像には昭和三年三月吉日と書いてあるという。
原典より
12 禅照庵の子育て地蔵14 腹切坂15 地名由来 (1)〜(3)〔行徳・南行徳〕16 ごんたく坊さん (1)〜(2)17 相馬大作18 怒りっぺの荒神様19 大阪の落人—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第1集』を全206話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。