首切られた若侍を弔うねね塚の首切り地蔵
どんな伝承か
新井の水門付近にあるねね塚と、そこの首切り地蔵をめぐる老人たちの座談。津波で流れてきた物を祀ったとも、戦で向こう岸から逃げて来た者が捕まって首を切られ、火守りの年寄りが供養したとも言う。司会によれば江戸時代の本にも載っており、駆け落ちした若侍が今井の渡しで手形がなく捕まり首を切られ、土地の人が哀れんで地蔵を作ったのが、次第に土左衛門の供養と混ざって伝わったのだという。地蔵は延命寺が作り字が彫ってある。首と胴が別に作られ、当代島の人は願をかける時に首を取って草の中に入れないと願いが聞かれないと言った。川掃除でいくつも首が出たのは、首が見つからないと願掛けの人がまた作るからだと語られる。
原典より
21 お経塚22 龍宮様と大蛇23 源心寺のいぼとり地蔵24 無縁仏の話25 海坊主26 お鹿狩と旗27 流れてきた御輿28 田中内匠と内匠堀—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。