石老山の源海上人
どんな伝承か
仁寿元年、京の大宮人の若君武庫郎と八条殿の姫君は恋に落ちて駆け落ちし、長い旅の末に柏屋村の太郎兵衛の家で一夜を明かした。相模川をさかのぼれば人の入らない洞窟があると教えられた二人は、石老山の岩屋で暮らし始め、やがて男の子岩若丸が生まれた。岩若丸が七つの年、父が里へ下りた留守に母は行方知れずとなった。父は僧となって妻を捜す旅に出る際、銀の鏡を二つに割って片方を子に握らせ、太郎兵衛に預けた。成長した岩若丸は形見の鏡を手がかりに京で父母を捜し当てた。父母の没後、石老山へ戻って寺を開き菩提を弔ったのが源海上人で、鏡で父母を見いだした縁から寺は顕鏡寺と名付けられたという。
原典より
五反田のおとめ地蔵(愛甲郡伊勢原町) 二一〇芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。