トップ > 千葉県の伝承 > 市川市

南行徳の田を潤した内匠堀の由来

所在地千葉県市川市南行徳(南行徳小学校)
年代伝承(約三百五十年前)
登場田中内匠、狩野浄天、山中家、語り手、記録・再話
出典市川の伝承民話 第1集

どんな伝承か

南行徳小学校の前の道は、もとはずっと川であったという。大柏の方から八幡を通って浦安の当代島まで掘られた水路で、これによって米が作れるようになったと聞いている。葛南病院の前の山中家は十七代目にあたり、その家が田中内匠の下屋敷であったという言い伝えがあると、千鳥を捕っていた祖父から聞いた。三百五十年ほど前のこのあたりは葦や茅の茂る荒地で、村人は塩焼きや貝拾いで細々と暮らしていた。田中内匠と狩野浄天が力を合わせ、当代島から南行徳・行徳・八幡・大柏まで水路を通したのだという。

原典より

III 昔話〔動物昔話〕1 むりどん(古屋の漏り)2 しみずかに〔本格昔話〕3 桃太郎 (1)〜(2)4 花咲爺—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))

『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。

種別から探す

開拓水路塩焼き

市川市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『市川の伝承民話 第1集』の伝承