社寺を数え上げる曽谷の数え唄
どんな伝承か
「一番はじめは一ノ宮、二は日光の東照宮、三は佐倉の宗吾郎、四はまた信濃の善光寺、五つは出雲の大社、六つ村々鎮守様、七つは成田の不動様、八つ八幡の八幡宮、九つ高野の弘法様、十で東京招魂社」と、各地の社寺を一から十まで数え上げてゆくわらべ唄である。末尾は「これほど心願かけたのに、浪子の病は直らんか」と結ぶ。唄い手は、その頃は靖国神社のことを招魂社と言ったのだと添えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。