体操で日本一の国分小学校
どんな伝承か
話者は越境入学の第一号のような形で八幡の小学校へ通った。先に越してきた四つ上の兄は国分小学校に入ったが、当時の国分小は体操で全国に知られ、ひどく厳しい先生がいて日本一になったほどだったという。記録者の祖母の兄にあたる中島辨智先生もそこにいたらしい。親はその厳しさを見て、歩けばどちらも道のりは変わらないからと、ほかの兄弟と話者を八幡の学校へやった。子供の足で四十分ほどかけて歩いて通ったと語る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。