学区で分かれた昔の市川小学校
どんな伝承か
語り手はこの土地で生まれ、この土地で育った。生まれた頃、このそばには五十軒足らずの家しかなく、みな草ぶきだった。平田は市川町では南東のはずれで、小学校へ行く時は市川小しかなかった。平田の土地は八幡との境で、ガソリンスタンドから先は菅野地区になり、そこからは八幡小へ通った。市川には市川小、八幡小、国分小、中山小の四校しかなく、遊ぶ時は一緒でも通う小学校は別だったという。高等科は一学年しかなかったと語る。
原典より
2 平田の川3 舟のこと4 馬車5 大正六年の津波6 関東大震災8 共同組合9 農地改革—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。