唱行寺の寺格と袈裟の色
どんな伝承か
かつて寺には緋金席・紫金席などおよそ三段階の格があり、語り手の寺は末寺を抱える中本山で、赤い袈裟を掛けられる緋金席の寺だったという。この格付けは戦後になくなり、今は僧侶それぞれの位で衣を着るようになった。語り手は管長の次にあたる権大僧正の位を持つが、何ほどのこともないと言う。編者の注によれば、語り手は長崎の鍛冶屋の家の九人兄弟の七番目で、父の死後に妹とともに高島炭鉱の寺へ養子に入り、上京して池上本門寺の学林で学びながら立正大学に通った。師匠と唱行寺の先住が兄弟弟子だった縁で先住の娘と結ばれ、この寺に入ったという。
原典より
あの昔は位があったんですよ、今はありませんけれど。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。