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孝行で八朔日の姓を賜った伴直家主

所在地千葉県館山市船形
年代承和三年・仁明天皇の時代
登場伴直家主、仁明天皇
出典房総の伝説

どんな伝承か

館山市船形の八朔日という珍しい姓の家にはこんな由来がある。続日本後紀によると、承和三年に安房国から、伴直家主という者がたいへんな孝行者で、父母の死後は美味を断ち、廟を建てて親の像を祀り、生きている親に仕えるように毎日つとめている、と上申があった。仁明天皇は家主に位を授けて生涯の田租を免じ、門口に立てる旗を賜って善行をたたえた。家主は感謝して毎年八月一日に新穀を献上し、天皇はこれを喜んで八朔日の姓を与え、穂積の意で「ほづみ」と読ませたという。父母の像と「孝子之門」の旗は館山市国分の安房国分寺にあったが火災で焼けたとされ、境内には孝子の碑が、家主が住んだという館野の萱野には孝子塚がある。

原典より

館山市船形に八朔日という姓の家があるが、同家について次のような伝承がある。—— 房総の伝説(平野馨) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

房総の伝説(平野馨)

『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。

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