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動かなくなった成田不動尊の縁起

所在地千葉県成田市成田(新勝寺)
年代天慶三年(天慶の乱)
登場寛朝僧正、平将門、朱雀天皇、藤原秀郷、平貞盛、清寿、照宥、不動尊を下総へ送らせた天皇、将門を破った武将、寛朝が残した僧
出典房総の伝説

どんな伝承か

成田山新勝寺の本尊・不動明王は、天慶の乱のとき将門降伏を祈るため、朱雀天皇が遍照寺の寛朝僧正に命じて下総へ運ばせたものと伝わる。もとは弘法大師の作で京都の神護寺にあった。寛朝は不動尊を奉じて海路で尾垂浜に上陸し、公津原に護摩壇を築いて修法した。不動作の元不動塚の小祠がその跡である。満願の天慶三年二月十四日、将門は藤原秀郷や平貞盛に敗れて乱は平定した。寛朝が不動尊を都へ持ち帰ろうとすると磐石のように動かず、この地にとどまって人々を利益しようというお告げがあった。そこで堂を建てて安置し、清寿と照宥を残した。天皇は堂の建立と荘園の寄進を命じ、新勝寺と名づけた。新勝は将門に勝ったことにちなむという。

原典より

成田市の新勝寺本尊である不動明王は、天慶の乱のとき将門降伏を祈願するため、朱雀天皇が遍照寺の寛朝僧正に命じて下総にもたらしたと伝えるが、もともと弘法大師の作であり、はじめ京都神護寺の護摩堂にあったという。—— 房総の伝説(平野馨) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

房総の伝説(平野馨)

『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。

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