倉橋で生涯を終えた平時忠と天神
どんな伝承か
平時忠は清盛の妻時子の兄で、壇ノ浦で義経に捕らえられたのち娘を義経に嫁がせて庇護を受けた。義経が頼朝に追われると共に東国へ逃れ、旧飯岡町にあった佐貫城の片岡常春を頼ったが、その後義経は奥州へ向かい、時忠は別行動をとる。途中で病を得て倉橋で重くなり、殿台に小屋を構えて潜んだのち、彦兵衛という家に泊めてもらった。やがて病は快方に向かい、村人に読み書きや機織りを教えて数年を過ごし、ここで生涯を終えたという。村人は丁重に塚を築き、後に時忠と分かって傍に天神を建て、時忠天神と呼んだ。従者二人もこの地で亡くなり、上倉橋と下倉橋に葬られたと伝える。
原典より
平時忠は清盛の妻時子の兄で、知力奇才に優れ、平家の都落ちで壇の浦において義経に捕えられたが、義経に自分の娘をめとらせその庇護を受けた。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。