お初のモデルさつが眠る妙興寺
どんな伝承か
浄瑠璃『加賀見山旧錦絵』のお初のモデルとされるさつは、松平周防守康豊の江戸藩邸で主人の側女みちが草履を履き違えたことで責められ自害した事件を受け、みちの仇である局の沢野を刺して復讐を遂げた。その後江戸牛込清隆寺の日遵に帰依して剃髪し妙真と名乗り、日遵が下総多古の中村妙興寺に入った縁で多古へ移り、寺の傍らの庵で読経三昧のうち六十八歳の生涯を終えたという。
原典より
香取郡多古町中村の妙興寺に、時代物浄瑠璃「加賀見山旧錦絵」のお初のモデルであるさつの墓がある。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。