坂に現れた恋人と逢坂の由来
どんな伝承か
奈良の都から武蔵国の国守として下った小野美佐吾は、領内を巡る途中で船河原村の農家に立ち寄り、そこの娘さねかづらに心を奪われた。任を終えても身分の低い娘を都へ連れ帰ることはできず、涙ながらに別れる。都に戻った美佐吾は娘を忘れられぬまま病み、武蔵国に葬ってくれと言い残して世を去った。ある夜明け、枕元に立った白髪の老人に告げられてさねかづらが坂へ走ると、笑顔で坂を上ってくる美佐吾の姿がある。すがりついて顔を上げるともう見えない。その夕、訃報が届き、娘は坂下の池へ身を投げた。以来この坂は逢坂と呼ばれるという。
原典より
場所 市谷船河原町一四番地、一五番地境の坂道(逢坂)時代 奈良時代(年代不詳)奈良の都から任命された武蔵国の国守(今の都知事)に、小野美佐吾という者がいた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。