青木昆陽が甘藷を試植した馬加の芋神
どんな伝承か
江戸の人青木昆陽は『番薯考』を著して甘藷の必要を説き、幕府に救荒策として採り上げられて試作を命じられた。昆陽は自ら薩摩から甘藷を持ち帰り、下総の馬加村と小石川に植えた。これが我が国の甘藷栽培の始まりで、昆陽は栽培法を指導して普及を図り、土地の質にも合ってしだいに増えていった。天明の飢饉の際には、この甘藷のおかげで飢えを免れた者が数千人に及んだという。昆陽の死後、村の有志はその徳を記念して祠を建てて昆陽を祀り、芋神と崇めて毎年命日に例祭を行っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。