日蓮を襲った小松原の難
どんな伝承か
文永元年ごろ、日蓮上人は房州各地で法華の題目を唱え諸宗を批判した。東条の領主東条景信は怒って殺害を企てたが、日蓮は虚空蔵菩薩の霊験で難を逃れた。景信は恨みを晴らそうと、同年十一月十一日、日蓮が弟子とともに東条を通るところを襲い、小松原の松林に囲んだ。弟子の鏡忍坊らはその場で討ち死にし、日蓮も額に傷を負った。天津の工藤吉隆も駆けつけ防戦したが衆寡敵せず殺され、日蓮はその隙に松林へ逃れた。その後西条村の洗創井と天津町の疵洗井で傷を洗い、山中で養生してから鎌倉へ逃れたという。景信は現報で地獄の業火に焼かれたという伝説もあるが、鏡忍寺の記録では日蓮入寂の九年後、正応四年に死んだとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。