明月記に記された南都の猫股
どんな伝承か
猫又という語の古い用例として、藤原定家の日記『明月記』の天福元年八月二日の条が引かれている。南都(奈良)から伝わった知らせとして、猫股という獣が現れ、一晩のうちに人を食うこと「七九人」に及び、死者が多く出たという。その獣を打ち殺した者もいて、目は猫のようで、体は犬ほどの長さであったと記される。著者は、年を経た猫は尾の先が二つに分かれて魔性のものとなり人を化かすという信仰からこの語が生まれたのだろうと述べ、性悪な老婆をののしる「ねこまたばば」の語へつながる道筋を考えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。