空印寺の洞穴に入定した八百比丘尼
どんな伝承か
若狭小浜の空印寺は八百比丘尼が住んだ所とされ、寺には比丘尼の像があり、かたわらの洞穴は奥が知れず丹波の山中へ通じているといわれた。昔ここに住んだ女は八百歳になっても十五、六歳のような美しさで、人魚を食べたので長生きしたのだと里では語ったという。『梅の塵』は、尼が長い年月ののちに帰ってきて寺の山に入定し、食を断っても何日も死ななかったと記す。『提醒紀談』は、洞を西へ四十歩入った所の石の反り橋を渡ろうとしてつまずき、そのまま息絶えたと伝えている。
原典より
里語に云、此女子は人魚を食したるゆゑに長壽なりと云へり。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。