八石城主太万之助の怨霊
どんな伝承か
越後国柏崎の山城、八石城の主は毛利太万之助で、北条城主の北条丹後守とは領地の境をめぐって争いが絶えなかった。丹後守は和睦のしるしに娘を太万之助の側室に差し出すと持ちかけ、自分の城に招いた。家来の制止を聞かずに出向いた太万之助は風呂を勧められて湯屋に入ったが、丹後守の命で戸を固く閉ざされ、火を焚かれて蒸し殺された。従者も皆殺しにされた。八石城は丹後守の手に落ちたが、夜中になると城から火の玉が飛び、激しい雷が鳴るようになった。そこで北条の普広寺の住職が怨霊を鎮めるため雷休権現を建てたという。
原典より
八石城を丹後守は掌中にしたものの、夜半、城中より火魂が飛び、激しい雷が鳴るという。—— 怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年))
『怪談の世界』は、山田野理夫が昭和五十三年に著した怪談の研究随筆である。遠野での佐々木喜善と柳田国男の出会いから説き起こし、家・山・木・石・道・水・火に現れる妖怪、憑き物、鬼と天狗、生霊・死霊・幽霊の話を、著者の聞き書きや各地の民俗資料、古典・芝居から集め、沖縄の話で結ぶ。章立ては江馬務と柳田国男の妖怪分類を参考にしたもので、民俗学の資料と文学作品の両面から怪談をとらえようとしている。