百日の荒行の途中で出た川
どんな伝承か
昭和三十六年の正月ごろ、法華経寺で百日の荒行に入っていたときのこと。朝三時から十時半までのあいだに一日七回も水をかぶり、身につけるのは腹巻きと単衣一枚だけ。食事も粥と飯の中間のような柔らかいものが一杯である。三度目に倒れたとき、川に出た。美しい所で、なんとも言えない音楽が鳴っている。あれが本当の極楽だろう、行ってみたいと思ったが、川には入らなかった。二日間意識不明で面会謝絶となり、病院の事務長をしていた兄は、死ぬまでは家に知らせるなと言っていたという。
原典より
私の叔母が先日(昭和五十七年・註/松谷)亡くなりまして、入院の初め頃は、死んだ者の顔が並んで崖の下に居て「来るな、来るな」と言っていて、自分は崖の上で必死につかまっていたと、夢の中の話をしていました。—— 現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・2003年(平成15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・2003年(平成15年))
『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』は、松谷みよ子が編んだ現代の民話の聞き書き集で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。一九七八年に発刊された『民話の手帖』を通じて全国から寄せられた回答を中心に、臨死体験、死の知らせ、寺へ来る死者、生まれかわりの話を収める。「あの世へ行った話」「死の話」「生まれかわり」の三章の冒頭に編者の論考を置き、細目ごとに所在地・話者・出典を添えた類話を並べる。