庖丁を懐にけいを脅して警察へ向かった熊
どんな伝承か
七月五日、大浦の駐在所の向後国松巡査が熊の家に来て、多古の警察へ出頭するよう告げた。以前、馬の一件で駐在所に呼んだとき、熊が顔を真っ赤にして今にも飛びかかりそうになったので、巡査は努めて穏やかに話した。熊は六月二十五日の晩のことだと思い当たり、手拭にくるんだ庖丁を懐に家を出ると、けいの店先に顔を出し、これから警察へ行くが俺を馬鹿にはしないだろうな、よく考えておけと言い置いた。警察での用件は、二十五日夜の傷害脅迫と、斎藤軍司が八日市場の裁判所へ出した殴打傷害の告訴で、熊は八日に八日市場の刑務所へ出頭するよう命じられた。
原典より
熊は向後巡査の詞を聞いてゐるうちに、ふと二十五日の晩のことではないかと思ひだした。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。