炊事場で握り飯を作って去った鳥打帽の男
どんな伝承か
大正五年一月二日の夜、香取郡神里村虫幡の旅人宿木村清吉方の台所で物音がした。家の者がそっとのぞくと、鳥打帽をかぶった背の低い男が、翌朝のために洗っておいた一升五合の米を釜に移して炊いていた。賊がうろついている折で、恐ろしくて声も出せない。息を殺して見ていると、男は炊き上がった飯をがつがつと食べ、残りを握り飯にして、置いてあった食べ物と一緒に風呂敷に包んで出て行った。夜が明けるのを待って駐在所に届け出ると、インバネスの背の低い男という姿はこれまでの怪人物と一致し、警察は五日の朝に関係者千五百人を集めて捜索に乗り出した。
原典より
インバネスの たけの低い男は だの怪人 と一致する。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。