土佐の海村の陰火と怪異群
どんな伝承か
著者の村では、大井の小路を夜ごと馬の首が飛ぶように走り、夜の海岸で投網を打つと大入道が籠をのぞきに来たという。地曳網の網代の八番のあれでは曇った夜に陰火が燃えた。高知市の北の法華堂という山から飛んでくる陰火は、新しい草履の裏に唾を吐いて呼べば必ずそばへ来て燃えた。その火は法華堂のあたりで大事な手紙をなくして斬られた飛脚の魂で、今も手紙を探しているのだという。神の峰か陽貴山かの山では陰火が山を取り巻き、見た者は必ず死んだ。
原典より
その陰火は法華堂のあたりで大事な手紙を無くして斬られた飛脚の魂で、今にその手紙を尋ねているので、「状がここにあるぞう」と、云って呼んでも来るのであった。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。