義人の姿
どんな伝承か
延宝二年、土佐藩の徒目付横山源兵衛のもとへ、浜田吉平という若者が名乗り出た。兄の六之丞が浦役人と公金を私して死罪になったと聞き、紀州での弓の修業から戻って兄の罪に連座しに来たのだという。横山は遠回しに見逃す道を示したが、吉平は受けず、切腹を許されて見事に腹を切った。翌日の昼前、その吉平が横山の玄関に現れ、紀州の師から届く弓の免許状を封のまま焼いてほしいと言い残しに来た。横山は平然と水漬の飯を勧め、吉平は二杯食べて辞した。家来が後をつけると、吉平は棺屋横町を南へ行き、医者竜見長庵の邸の大きな椎の木の下で姿を消した。
原典より
正午近くなって横山源兵衛の玄関前へ吉平の姿が現れた。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年))
『日本の怪談』は、田中貢太郎の怪談を昭和四十五年桃源社刊『日本怪談全集』から抜き出した文庫本で、昭和六十年十二月に河出書房新社から発行された。「宝蔵の短刀」「八人みさきの話」など土佐の城下や村の話をはじめ、江戸・京・吉野などを舞台にした幽霊・狐狸・猿・魔物の話を、会話の多い語り口で収める。二十七篇の後に尾崎秀樹の解説を付し、高知に生まれた作者の生涯と怪談・妖異譚への傾倒をたどっている。