噴火口の前で兄の姿を見た若者
どんな伝承か
市川猿之助の弟の八百蔵は、商業学校に通う十九のとき、青春の悩みから家出して伊豆大島へ渡った。霊岸島から船に乗り、元村の旅館に二晩泊まって考えた末、投身自殺を決めて遺書を書き、所持品を小包にして船着場へ預け、三原山へ向かう。暴風雨の兆しのある日で、二時ごろ頂上に着いたが登山者はなく、横なぐりの風ばかりだった。噴火口の傍まで行っても飛び込めず、風を避けて衝動が湧くのを待っていると、その目に兄猿之助の姿が映った。夕方になって噴火口から立つ水蒸気が赤く染まるのを見た八百蔵は、その赤さがたまらなく嫌になり、ふらふらと引き返して旅館へ戻った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。