鉛の瓶の中の文字を当てた公開透視
どんな伝承か
明治四十三年九月十五日、東京の神田淡路町二丁目にあった旅館関根屋で、御船千鶴子の透視が新聞記者らの前で試された。千鶴子は三階の十畳間で障子を閉め切ってひとり座り、離れた控室では『飛雲殿』『心神通』などの語を名刺大の厚紙四枚に書いた。かかわりのない記者がそのうち一枚を選んで福来博士の鉛の瓶に収め、鉛の蓋をしたうえ、鍵の掛かる桜材の箱に入れて継ぎ目を厚紙で封じた。箱を受け取った千鶴子は両手を当てて目を閉じ、九分五十三秒ののちに『心神通』と書いた。封を解くと中の紙はまさにその文字で、博士や記者たちはそろって驚いたという。
原典より
目を閉ちて無念無想となり沈思黙考すること九分五十三秒にて透覺したるものと見へ、徐ろに筆を走して『心神通』と書いた、…—— 千里眼獨習(神秘術研究會) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千里眼獨習(神秘術研究會)
『千里眼獨習』は、神秘術研究會が著し、盛報館から出た千里眼の独習書である。密封した書状を読んだ下婢の話やスウェーデンボルグが遠方の火災を知った話、御船千鶴子の透視実験など内外の事例を挙げ、千里眼の理論、催眠術との関係、意志・感情・身体の修養による練習法を説く。例言と内容目次に続く十六項目の本文に、手・爪・顔の部位から人の性質や吉凶を見る付録「人生豫言術」を添える。