千里眼・御船千鶴子の自死
どんな伝承か
熊本に住み、千里眼の女性として評判になった御船千鶴子は、福来友吉らの実験で透視の力を認められ、新聞各社がこぞって報じたことで千里眼の第一号と呼ばれるようになった。しかしその後、能力はしだいに衰え、本人は劣等感を抱くようになった。さらに金銭をめぐる問題や家庭内の不和も重なり、明治四十四年一月十八日、千鶴子は重クロム酸を飲んで、二十四歳の若さで自ら命を絶った。同じ年の三月には念写の長尾郁子も病で亡くなり、後を追うような死であったと伝えられる。
原典より
一方、千里眼第一号として登場した御船千鶴子はその後、しだいに超能力が減退し、劣等感をいだくようになり、金銭問題から家庭不和も手伝い、明治四十四年一月十八日、重クロム酸を飲んで二十四歳の短い生命を自ら絶った。—— 心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年))
『心霊と神秘世界』は、文学博士福来友吉が著し、昭和七年に人文書院から発行された心霊研究と仏教思想の書である。御船千鶴子・長尾夫人・三田光一らの透視と念写をはじめ、霊の幻化、念動、物質化など国内外の心霊現象を実験記録とともに論じ、後半では自我・神秘世界・霊と生命を真言密教や華厳の教えによって説く。全五編からなり、この本文は昭和五十七年に心交社が出した復刻版で、梅原正紀・井村宏次らの「解説研究編」を付している。