祀り替えを恨んだ太郎狐の仕返し
どんな伝承か
昭和九年の秋、東京外語の学生に伴われた平野文吾が、著者の家を訪ねて鎮魂帰神を受けた。石笛を吹き鳴らすと平野の指先が震え出し、憑いた者が名乗りを拒んで悪態をついた。問い詰めると、平野が自分を祀る約束を破り、伏見から別の稲荷を迎えて神棚に据えたことを恨み、株で大損をさせたのは自分の仕業だと明かした。相手は巣鴨のとげ抜き地蔵の稲荷社に籍を置く太郎狐だった。説得に応じないので著者は霊縛をかけ、十五分ほどで音を上げた狐は改心を誓い、縛を解かれて去った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。