紺屋町で没した義父を招く
どんな伝承か
語り手は妻いせ子と麟太郎を連れ、市ヶ谷一口坂下の「心霊相談所」を訪ね、霊媒中西りかに義父の霊を招いてもらった。取次の岡田熊次郎が「大正十四年三月十五日、青森県弘前市紺屋町十二番地にて帰幽、奈良繁大人のみたま」と読み上げると、中西の顔にさっと苦悶の色が現れ、もうだめだ、死んではならんとうめき出した。語り手が名乗ると「ナニ、いせの夫の笠井さん」と正常な答えが返り、続いていせ子が呼びかけると「おお、ツワか、よう来てくれた」と幼名で応じた。語り手は義父の霊がなお暗い境涯にあると見て、麟太郎を素人霊媒に養成する仕事に取りかかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。