人魂が低空を飛ぶのを目撃
どんな伝承か
著者笠井鎮夫は、岡本信之が備中浅口郡の自宅の庭先で香煙に手を合わせていた時分、そこから四十キロ足らず東寄りの備前上道郡の自宅で、父か母の指導により天地金乃神を拝まされていたという。信心気と表裏一体をなす神秘への異常な関心も、幼少時代から示していた。農村で育ったため夜分は戸外が暗く、人魂がふわりふわりと低空を飛ぶ現場を何度も見たと記す。一緒に見た兄弟や友だちも自分と同様に恐がったが、彼らのうち誰一人として、あの蒼白い尾を曳いて浮遊する物体がいったい何であろうかと不思議がった者はいなかったという。
原典より
私は農村で育ったから、夜分戸外が暗いため、人魂がふわりふわりと低空を飛ぶ現場を何度も見たことがあります。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。