三重郷の家々に続いた神々の天降り
どんな伝承か
丹後国三重郷に伝わる『安井氏永代帳』には、慶応三年から四年にかけて村の家々に神々が降った日付と家が書き留められている。十一月晦日の夜に下地の六左衛門の家に大黒様が降ったのを皮切りに、十二月には下地の佐太郎に稲荷様、酒屋に妙見様、中町の儀兵衛に春日様、上地に七福神や伊勢大神宮が降り、年が明けても田の神、金比羅、大神宮と不動、塩竈、文殊と四月八日まで続いた。四月の大神宮の時には森本村や三坂村の若連中や子どもたちが練り込んだという。米屋儀平の覚帳にも、宮津で神が降ったのに続いて村のあちこちに降り、四月中旬まで賑やかだったとある。
原典より
此時は森本村家主若連中小供中、三坂村家主若連中佐喜蔵様へねり込あり戊辰三日—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。