法印の家から消えた毘沙門天の札
どんな伝承か
エエジャナイカ騒ぎの最中、京都府網野町字俸野の法印(修験者)の家では、配布用に保存しておいた毘沙門のお札がいつの間にか無くなっていた。他の村でも祈禱所にしまってあった大量のお札が消えたという噂が多く、誰かが取りに入ったにしても実に巧妙で、その姿を見た者はいなかった。この部落では軸物が降った家もあり、降った家には必ず幸福が報いると言われていたという。
原典より
このじげ(俸野)の法印さん(笠井注。修験者のこと)の家では、配布用に保存しておいた毘沙門さんのお札が、いつの間にか無くなって居たという。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。