金華山の辺りで仙師に会った南北
どんな伝承か
安永から文政のころ京都に住んだ観相家水野南北は、自叙略歴の中で、体が弱く短命の人も毎朝夜明けの日を拝めば長く生きられると説き、その法を得たいきさつを書き残している。二十一歳で人相の道に入った南北は、人相は仙術につながると聞いて仙人の師を求め、諸国を巡り、深山にこもり、寺や庵に人を訪ねたが、伝える者には会えなかった。ところが二十五歳の年、奥州の金華山のあたりで思いがけず仙師にめぐり会い、そのもとで百日のあいだ仙術を口伝えで授かった。これこそ人相法の奥義で、命を保つ法だと南北はいう。三十歳まで生きられない相だった自分も、この法で二十年余り命を延ばしたと述べている。
原典より
然るに二十五歳の年奥州金華山の辺りに於て、奇なるかな、仙師に見え、随ふて仙術を口受すること一百日に終る。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。