洛東白川の洞に住む白幽子
どんな伝承か
日本の幽霊は、時にひどく孤独で、時に無数の妖怪に囲まれてにぎやかに現れる。伴蒿蹊の『近世畸人伝』は巻末に白幽子という人物を載せる。歳は二百を越えたかといわれ、京の東、白川の山中の洞穴に芦の簾をかけて住んでいた。すき間からのぞくと、目を閉じて端座し、髪は膝まで垂れ、顔は赤くつややかで、粗い布の衣に草の敷物、机には中庸・老子・金剛経があるだけで、食器も夜具も見えなかったという。生きた人間とも人間以外のものともつかない、幽霊そのもののような存在である。近世にはまた平田篤胤が『稲生物怪録』を著し、幽霊とその周辺に深い関心を寄せた。
原典より
日本の幽霊たちは、あるときは、ひどく孤独であり、またあるときは、数限りない妖怪たちにかこまれてたいへんにぎやかな世界をこの世に現出する。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。