露の返らぬ草を拒んで額を打たれた松太郎
どんな伝承か
恒原松太郎の母の話である。ある日の夕暮れ、御神前の天満宮が松太郎に、河内の道明寺の天満宮の瑞垣の内に、露の戻らない草があるから取ってこいと命じた。松太郎がいまから行くのはいやだと断って出かけずにいると、神は笏で額を打ち、松太郎は気を失って後ろへ倒れた。御神前から、家の者は早く水を持ってこいと大声がし、言われるままに水を口に入れてやると正気づいたが、額には瘤ができていた。こうしたことが二度あり、母は、あのときの神の声の鋭さを思い出すと今でも身の毛がよだつと語ったという。
原典より
笏を以て額を打たれますと、正気を失いて後ろへ倒れましたら、—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。