左京と改名して延びた寿命
どんな伝承か
恒原卯兵衛が大病を患い長く苦しんでいたとき、天満宮の神が「寿命は尽きているが、名を左京と改めて年を延ばし救ってやろう」と告げたという。その言葉の通り、卯兵衛はその後も長く存生し続けたと伝えられている。
原典より
「寿命は尽きて居るなれども、名を改めて年を延べ、左京として救けてやろ」—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。