嶋田川と鴨川の河原で拾われた五千五百の髑髏
どんな伝承か
平安時代の前期には、死者を川へそのまま投げ込むことが行われていたらしい。『続日本後紀』の承和九年十月十四日の条には、東西の悲田院にいた乞食たちに手当てを与え、平安京をはさむ嶋田川と鴨川の河原から髑髏を拾い集めさせ、焼いて葬らせたことが記され、その数は合わせて五千五百あまりにのぼった。同じ月の二十三日にも鴨川の髑髏を集めて葬らせている。嶋田川はいま京都市右京区を流れる御室川の古い名である。当時の鴨川の周辺には一年中ひどい死臭が漂っていたろうと著者は述べる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。