去りゆく老僧と最初の以心伝心
どんな伝承か
戸口に走り出た熊蔵は、下弦の月の方角へ去っていく老僧を見送った。闇に消える直前、老僧が振り向いて手を上げたように見えたその刹那、最初の以心伝心があったという。家に入って寝よ、翌朝は人より早く起きて巻物をしまえという命令が心に届き、熊蔵は無心に従った。鰹漁が終わり冬の漁を重ねながらも約束の日を忘れず、毎朝水垢離をとって赤羽川の河口の浜に立った。家族を捨てる決心は揺れたが、出立前日の三月九日の夕方、暗いうちに草鞋で出よという老僧の命令が稲妻のように胸に響いた。
原典より
後で考えるとその刹那に、最初の以心伝心があったのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。