送還された守平が山中の小庵で始めた修行
どんな伝承か
明治三十六年十一月、天皇への上奏を企てた田中守平は、当局から誇大妄想の烙印を押されて郷里へ送り返され、日々の行動を見張られる身となった。大志を砕かれ、十九歳で謹慎を強いられた守平は深く嘆き、山の中に一間四方の小さな庵を結んで、四か月あまりこもりきりで学問と瞑想に明け暮れた。この追い詰められた暮らしが彼の最初の修行となり、霊能を呼び覚ましたとされる。やがて守平は、呼吸と食物こそ命を保つ二つの要であり、人の生命の本質をつかむには絶食しかないと考え、それを実行に移した。
原典より
彼の悲嘆ははなはだしく、山中に一間四方の小庵をむすび、こもりっきりで勉学と瞑想にあけくれる四ヵ月余を過したのであった。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。