影が堺の浦まで届いた水間峠の石塔
どんな伝承か
水間峠に一基の塚があり、田原藤太の墓とも木曽義仲の墓とも伝えられている。昔はここに石塔が立っていて、朝日が差すとその影がはるか堺の浦にまで映ったという。漁師たちは漁の邪魔になるので石塔を除いてほしいと願い出て、水間の人々はこれを聞き入れて石塔を取り払った。そのお礼として、堺の浦の漁民から毎年イワシを五荷ずつ届けてきたといわれる。
原典より
田原藤太の墓とも、木曽義仲の墓ともいわれている。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。