大水と落雷で額を埋めた二つの額塚
どんな伝承か
興福寺南円堂の前、手水屋の裏手にある塚である。かつて興福寺の南大門には月輪山と記した額が掛かっていたが、ある年、門の前に大穴が開いて水が噴き出した。占い師に尋ねると、月輪は水に縁があるので額を下ろせばよいと告げられ、下ろした額を埋めたのがこの塚だという。春日大社の南門前にも額塚と呼ばれる所があり、まだ鳥居だった頃の南門に掛けられた正一位鹿嶋大明神の額が宝亀三年に落雷で落ちたため、祭神の名を掲げたのが神意に背いたとして、落ちた場所に埋めたと伝える。そこは赤童子が現れた所ともされる。
原典より
南円堂の前、手水屋の後にある。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。