子を探し狂った巫女百万が住んだ辻子
どんな伝承か
百万は春日の巫女で、一人の男児を生んだ。西大寺の法要に子とともに参詣したが、群集の中で子を見失い、狂気となって各地を捜し歩いた。やがて京都嵯峨野の清涼寺の大念仏会で子の居所を聞き、親子は再会して喜び合ったという。百万が霊厳院の前の小路に住んでいたので、そこを今も百万辻子と呼ぶ。子は後に唐招提寺を復興した導浄和尚だと伝える。
原典より
百万は春日の巫女で一男を生んだ。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。