拾った小判の嘘で追われた普賢寺の雲水
どんな伝承か
中山氏が耕作する畑には、昔、牛王山普賢寺という寺があった。今は伽藍の礎石も掘り出され跡形もないが、徳川中期ごろまではあったらしく、墓地は関宿に残っている。廃寺となったいわれはこうである。寺が無住のとき雲水が住みつき、七日市藩へ出向いて「江戸から来る途中で小判三枚を拾ったので届ける」と言った。だが江戸家老の不審から再吟味すると、実は道中に押し入って盗んだ金で、藩から褒美をもらおうと企んでの届け出だと露見した。雲水は藩からきつく叱られて寺を追い出され、以後この寺は廃寺になったという。
原典より
中山氏が耕作している畑には、昔、牛王山普賢寺というお寺があった。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。